<政治・社会>第三者効果

掲示板なんかをいろいろ見ていて、嫌だな~と思う表現があります。
それは、「信者」という表現です。たとえば、「朝日信者」だとか「産経信者」だとか、特定のメディア媒体を盲信する人といった意味で用いられています。無論、掲示板だけではなくて、たとえば朝日を攻撃する井沢元彦なんかの本は、朝日の読者=信者みたいな構図をもとに、朝日がどれだけ愚劣な新聞であるかを延々と論じていくわけです。

ところが、多くの場合、そうした「信者」という表現は、それを使っている者の肥大化した自己意識を表しているに過ぎません。要するに、「オレはメディアの『ウソ』を見抜く力があるけど、他の連中、特に××新聞なんて読んでるやつらには皆無だろう」という「思い込み」がその背景にあるわけですね。

こういうのをマス・コミュニケーションの効果研究なんかでは、「第三者効果」と呼びます。つまり、人は、マス・メディアは自分にはさして影響を及ぼさないけれども、他の人々には影響を及ぼすと考える傾向にあるということです。たとえば、マイケル・ビリッグの『イギリス王室の社会学』(社会評論社)は、英国の王室に関して人々がどのように考えているのかをインタビュー調査した研究ですが、そこでは次のように述べられています(p.182)。

話し手たちは、メディアを消費する他の人々からも、自分自身を切り離さなければならない。こうした他の消費者は、(王室に関する:引用者)スキャンダラスな嘘を無批判的に信じたり、もっと悪いことにそれを読むのを望んだりすると思い描かれる。要するに、他の人々は、騙されやすく、恥ずべき性質の人々として非難されねばならない、というわけである。

無論、殆どの人々は大なり小なり新聞を批判的に読んでいるはずです。にもかかわらず、他人をそうした批判的精神の欠落した人物として描き出すことで、自分の位置を相対的に高めようとする印象操作にやっきになっている人を見るにつけ、な~んか嫌な気持ちになってしまうのです。

ちなみに僕はといえば、『毎日新聞』をここ数年、購読しています。記者の顔が見えるいい新聞ですし、社内の風通しの良さが伝わってきます。が、いかんせん経済記事が良くない。まともな記者さんもなかにはいるようですが、全体としては非常に・・・です。というわけで、傍から見ると、僕も「毎日信者」なのかもしれませんが、結構腹を立てながら新聞を読んでたりする日もあったりするわけですよ。「構造改革」路線に乗せられ過ぎですがな。 >毎日新聞

追記(2006/2/26)
ここのサイトを見て思ったことだが、事あるごとに噴出する「メディア悪玉論」(今の若者の「だらしなさ」や犯罪をメディアにせいにする議論)の背後にも、この第三者効果が存在しているのではないだろうか。(メディアの危険性を認識できる自分のような知識をもたない)連中は、メディアの悪影響に容易に染まってしまうのだから、(私のような識者が)メディアの危険性を訴えねばならない、という発想である。しかし、結局のところ、そうした主張は話者自身の肥大した自我の反映でしかない、というのが実情かもしれない。
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  by seutaro | 2005-09-02 01:03 | 政治・社会

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