<日常>「権威」ある父

 このブログのタイトルは「そなたんパパの備忘録」であるが、なんとここでは「そなたん」について一度も触れたことがない(笑)。
 というわけで、最近はハードなエントリが続いたこともあるし、今日は「そなたん」についてちょっと書こう。「そなたん」とは、1歳ちょっとの僕の愛娘のことである。我ながら親馬鹿だとは思うのだが、これがまた可愛いのだ。1歳過ぎても未だハイハイもできないのであるが、腕とお尻をうまくつかってなかなかの高速移動が可能である。
 また、親に似てか、口だけは異様に達者な気配が濃厚である。暇さえあれば何かを喋っているが、何を言っているのかはさっぱりわからない。たまに、「ママ」とか「パパ」とか口走るが、それが本当に我々夫婦のことを指しているのかは謎である。不愉快なときにそれを発すると、事態が急激に好転する(おっぱいがもらえる、だっこしてもらえる、etc.)マジック・ワードとして認識されている可能性も否定できない。
 さらに、リモコンやPC、携帯電話等のボタンがたくさんついている機器が好きであり、おそらく僕とは全く異なる情報環境のなかで生きていくことを予感させる。たとえば、彼女がゲームなどを本格的に嗜むころにはプレイステーション4ぐらいが発売されていそうだ。僕が本格的に初めてゲームをしたのは、ゲームウォッチ(笑)全盛のころだったのだが。
 ところで、唐突に話は変わるが、「権威」と「権力」との最大の違いをご存知だろうか。古典的な見解では「権力」とは、こちらからの働きかけがなければ相手がしないようなことを相手にさせる力だというように定義される。従って、「権力」には常に強制という側面がつきまとう。
 それに対し、「権威」とは自発的な服従を促す力である。要は、無理な強制力など発動せずとも、相手が勝手に従ってくれるのである。ここで注意すべきは、ある人物の権威の有無を決定するのは、その人物自身ではない、という点である。つまり、周囲の人びとが、その人物に権威があるかないかを決定するのである。単に偉そうに振舞っていたからといって、勝手に「権威」が発生するわけではないのだ。
 それでは、この「権威」の源とはなにか。それは一言でいえば「知識」である。他の人が知らないようなことを知っており、なおかつその知識が有用だと考えられる場合に、人びとはその人物の「権威」を承認する。
 うちの娘がゲーマーとしてデビューしたとき、その頃にはゲーム歴30年以上に達しているであろう僕は、ゲームの歴史や攻略法等を娘に熱く語るであろう。そうすれば、娘は僕の「権威」を承認せざるをえず、我が家の「父権」もきちんと確保されるはずである。うん、間違いない、きっとそうだ。
[PR]

  by seutaro | 2006-03-02 02:30 | 日常

<< <政治・社会>ネタのない日は・・・ <読書>谷村智康『CM化するニ... >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE