<政治・社会>クールな前文

 そういえば、今日(もう昨日か)は憲法記念日なのである。
 ニュース23に触発されたわけでもないのだが、僕は現日本国憲法の前文が結構好きである。もちろん、翻訳調であることは否定しがたく、突っ込みどころ満載な文章であるのだが、なんというか、一種の「いさぎよさ」のようなものが感じられるのが良い。とりわけ第2~4段落目など、なんかもうお馬鹿なまでの愚直さが、呆れるのを通り越して、もはやかっこいいとすら感じられる。

日本国憲法前文

(第1段落目省略)

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意
     本当に愛しているのか?
した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる
                                本当に努めているのか?
国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
                                   翻訳調だ(笑)
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、
            それが国家の普通の姿です
政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と
それが普遍的じゃないから、いろいろと難しい問題が発生するわけで
対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
                ここは誰がなんと言おうとかっこいい

 ここで僕が突っ込んでいるようなところは、当然、この憲法を作った人たちも承知していたんじゃないかと思う。証拠はないけれども、第二次世界大戦をくぐりぬけた人たちが「すべての国家は平和を希望しているんだから、信頼できる」なんていうナイーブな世界観を持っていたとは考えにくい。最後で、これは「理想」だって書いてあるわけだしね。
 けれども、あえてこのような「空想的平和主義」の文章を作ってしまったのは、「専制と隷従、圧迫と偏狭」が渦巻いていた第二次世界大戦直後の世界において、軍事力と覇権が世界の趨勢を決めるなんていうシニカルな「現実主義」ではなく(たとえそれが実情だとしても)、馬鹿みたいだと承知しつつもあえて理想を掲げようとの決意がそこにあったからではないだろうか。
 無論、現実の政治はそんなに甘いものではなく、実際には日米安保を含め様々な「現実的」選択を日本政府が行ってきたことは否定しないし、それを全て否定する必要もない。また、私学助成金の問題など、この憲法がいまの社会の実情とそぐわなくなっていることも否定しない。
 けれども、妙なシニシズムが蔓延し、小賢しい「戦略論」ごときが知的であるかのような風潮を省みれば、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」なんて愚直なことを言いきってしまう日本国憲法は、やっぱり結構かっこいいのではないかと思うし、この一点だけでもいまの憲法には価値があるのではないだろうか。
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  by seutaro | 2006-05-04 00:06 | 政治・社会

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