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<メディア>GHQの「洗脳」

 戦後史の論点のなかでも、とりわけ重要な意味を持つものが、戦後のGHQによる情報操作である。
 戦後、GHQは国内のメディアや私信などの検閲を行っていたばかりでなく、「真相はかうだ」や「真相箱」といったラジオ番組により、日本人に罪悪感を受け付ける「ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム」を遂行していたのだという。
 このGHQによる情報操作については、とりわけ保守系の論客が熱心に論じている。彼らは、GHQの「洗脳」により、戦前の日本=悪という歴史観が一般化してしまったことを嘆く。たとえば、櫻井よしこ氏の『「眞相箱」の呪縛を解く』(小学館文庫)によれば、GHQの情報操作により、日本人の精神的「核」が失われてしまったのだという。なんと「ゆとり教育」までGHQによる教育の延長線上にあるというから驚きである(笑)。
 しかし、このGHQによる情報操作の話を聞いて僕が思い出すのは、佐藤卓己氏による「ファシスト的公共性」(井上俊編(1996)『民族・国家・エスニシティ』岩波書店に所収)という論文である。佐藤氏は、マス・コミュニケーションの効果研究において、弾丸効果モデル(マス・メディアは人びとの思想を直接的にコントロールできるというモデル)が否定されてきたことを前提としたうえで、次のように述べている。

メディアの効果研究で宣伝の「弾丸効果」が否定されてきたにもかかわらず、「絶大な威力をもつナチ宣伝」という大衆操作を神話化した言説が無批判に流通してきた。その背景には、ファシズムに自発的に関与した国民一人一人の政治責任を軽減しようとする意図がなかっただろうか。

つまり、佐藤氏の論によれば、ナチ宣伝が強力かつ効果的だったとの想定のもと、ナチスを支持した人々が「騙されたのも当然だ」との論理が生まれ、そのことにより彼らの免罪が図られるという構図が存在していたというのである。
 これとほぼ同じことが、GHQによる情報操作でも言えるのではないだろうか。いくら「真相はかうだ」から「真相箱」へと番組が変更になり、プロパガンダのテクニックがより巧妙になったとしても、多くの人びとにそれを受け入れる土壌がない限り、プロパガンダが無批判に受け入れられる可能性は極めて低い。むしろ、戦後において人びとはかなりの程度まで自発的にGHQの歴史観を受け入れたのではないだろうか。「真相はかうだ」には、聴取者からの批判が多数寄せられたそうであるが、そうした投書が聴取者全体の意見をどれだけ反映していたのかを測定することは極めて困難である。
 無論、戦後の世論動向を厳密に論じることはきわめて困難ではあるが、結局のところ、ジョン・ダワーが言うように、戦後、人びとは「敗北を抱きしめた」のだと僕は思う。軍部が圧倒的影響力を持ち、隣組による相互監視が行われる戦中社会の息苦しさに、多くの人びとは表面上は賛意を示しつつも、内心はうんざりしていたのではないだろうか。GHQによる情報操作とは、そうした戦中社会を否定する風潮を後押ししただけというのが実情ではないだろうか。GHQの情報操作の効果を過度に強調することは、日本人自身による自発的な選択を無効化し、その責任をGHQ(およびそれに便乗した言論人)という「他者」に押し付けたいという欲望の発露に他ならない。
 まあ、こういう歴史観は、GHQによる「洗脳」で日本人の精神的「核」が失われたなどと考える人には、あんまり受け入れてはもらえないだろうけれども。

  by seutaro | 2006-05-29 16:47 | メディア

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