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<ネタ>成果主義型年金制度

-言うまでもなく、このエントリはフィクションです-

 彼は分譲マンションの購入を予定していた。専業主婦の妻に2人の子ども。それぞれの子どもに勉強部屋を与えるために3LDKの部屋を購入した。もちろん、彼や妻の部屋は寝室だけだ。でも、郊外の、しかも最寄駅からバスで15分もかかるマンションが精一杯だった。
 楽しいはずのマイホーム購入。けれど、彼の心は晴れない。新居からの通勤時間はドアtoドアで1時間40分を越える。しかも、その間は殺人的なラッシュに耐えなくてはならない。
 そういえば、同僚のAも分譲マンションを買うと言っていた。けれども、Aには子どもがおらず、共働きの奥さんがいるだけだ。将来的にも子どもをつくる予定はないそうだ。聞けば、都心の高層マンションの2LDKの部屋を買うらしい。彼には逆立ちしても手が届かない額の部屋だ。その部屋から職場まではわずか2駅、ドアtoドアでも25分で会社に着くようだ。
 彼は何となく不公平な気がした。もちろん、子どもを作ったのは別に社会のためだとかそんな大層なことを思ってのことではない。けれども、次世代の社会に2人の子どもを立派に送り出すであろう自分が郊外の安い3LDKに4人で押し込められ、典型的なDINKSのAが都心の高級物件に住む・・・というのは何か間違っていないだろうか。彼はふと、そんな想いに駆られた。

 30年後、彼はどういう運命のいたずらか与党の有力政治家に転身していた。総裁選を前に、彼は30年間暖め続けてきた構想を打ち上げ、首相の椅子を目指した。その構想こそが、「成果主義型年金制度」であった。
 30年後の日本は少子高齢化がさらに進行し、年金制度は崩壊の危機に瀕していた。年金で暮らす高齢者は増加を続ける一方、その年金制度の担い手である勤労者は減少を続けており、根本的な制度設計の変更が求められていた。
 そこで彼はこう述べた。「『成果』に応じて、年金受給額を決定しようではないか」
 年金制度の存続にあたっては、年金を支払うのみならず、次世代の再生産が不可欠である。したがって、子どもを産んでいない夫婦には年金を受給する資格がない、と彼はまず主張した。事実、ドイツなどでは子どもの数に応じて年金受給額が加算される制度が採用されている。
 しかし、と彼は続ける。単に子どもを産んだだけでは、年金の受給資格として不十分である。なぜなら、その子どもがきちんと年金を納めていることが、制度の存続には不可欠だからだ。たとえば、子どもがニートやフリーターで、年金を納めていない場合、いくら子どもがいたとしても年金制度にとっては何のプラスにもならないではないか、と彼は言う。
 そこで、彼が提唱するのが、所得に応じて年金の支払額を変えるという制度変更を前提とする、子どもがいくら年金を払っているかで親の年金受給額が決定されるという「成果主義型年金制度」である。
 だから、子どもが高額所得者で莫大な年金を支払っている場合、たとえ子どもが一人であっても、その親は高額の年金を受け取ることができる。高額の所得を得ることができるような子どもを育てることに成功した親の「成果」に対して、国は年金をより多く支払う、というわけだ。無論、子どもの数が多ければ多いほど、トータルでの年金受給額は増える可能性が高いため、少子化の抑制にも繋がるだろう、と彼は論じた。
 こうした彼の提言に対しては、「子どもを産みたくても、持てなかった親が気の毒だ」との批判が寄せられた。それに対して彼は「そうした気の毒な事例が存在していることは承知している。したがって、その場合、不妊治療にどれだけの額を費やしたかを考慮した上で、たとえ子どもがいなくても年金受給額を加算する。また、養子を取った場合にも、その子の年金納付額は、親の年金受給額に反映させる」との修正を行った。

 そして、総裁選。彼は大差で、ライバル候補に敗れた。一般の党員の支持が殆ど得られなかったからだ。そしてさらに、彼は次回の選挙でも落選し、政界を引退した。議員年金は既に廃止されており、全てを失った彼は議員宿舎から郊外の3LDKに戻った。成果主義型年金制度を提唱した彼の不人気は想像を絶するものであり、彼の派閥の一員だった議員ですら、もはや彼に近寄ろうとはしなかった。
 築30年以上経ったバス便のマンションは、空室が多く、全面改装する費用も集まらなかった。管理人がいないため、チラシが散乱した郵便受けの前で、久しぶりにかつての同僚Aからの手紙を受け取った。このマンションからインターネットに接続できなくなって以来、連絡手段は電話か手紙しかない。ダイヤルアップ用のモデムなどすでに手に入らなくなっているし、携帯電話のアンテナは30年前の入居以来、ついに一本も立たなかった。
 Aは都心の10年ほど前に都心のマンションを結構な額で売却し、いまはまた別の高級マンションに移っている。なんでも、移転先のマンションは高齢者用のサービスを売り物にしており、様々な介護用ロボットが標準装備となっているらしい。
 彼は手紙を読み終わると、それを細かくちぎり、足元に捨てた。どうせ、ゴミがちょっと増えるだけの話だ。それにしても、娘と息子はもう何ヶ月も連絡してこない。俺が倒れても、連中は介護になんて来てくれないだろうな・・・。
 ため息をつきながら自分の部屋へと戻る彼の横を、安値で部屋を買い叩いて最近入居したらしい、怪しげな風体の男が通り過ぎていった。

(おわり)

  by seutaro | 2006-08-12 01:35 | ネタ

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