<日常>子どもを持つ意味

 以前のエントリで、現代の日本では「子どもを作らないことが合理的な選択なのだ」ということを書いた。これが正しければ、少なくとも現代の日本では子どもを持つということは、損得勘定を越えた決断だということになる。
 実際、ウチダ先生は『街場の現代思想』で、次のようにおっしゃっている(pp.148-149)。

男手一つで子育てしてきた経験からきっぱりと申し上げるが、子どもとは「不快な隣人ナンバーワン」である。それを受け入れ、愛し切る能力がなければ、育児などというものは決して完遂されない。子どもというのはミッフィーちゃんのような丸くてふにゃふにゃしていてひたすら可愛いものであると思っている諸君は妄想を育んでいるにすぎない。…

人類が再生産を維持するために必要な資質は「快楽を享受する能力」ではない。そうではなくて、「不快に耐え、不快を快楽に読み替えてしまう自己詐術の能力」なのである。

このような見地から、ウチダ先生は結婚とは「理解も共感もできなくても、なお人間は他者と共生できるということを教えるための制度」だとおっしゃる(p.159)。

 要するに、結婚および子育てとは修行なのであり、それを経てこそ人は「サル」ではなく「人間」になることができる・・・というわけだ。

 ウチダ先生の意見はそれなりに説得的ではあるものの、それでもやはり「修行」に「子どもをもつ」ことの積極的な意味を見出すのは難しいようにも思う。そこで、ここではもう少し違う意味づけをしてみたいと思う。

 僕がまだ高校生ぐらいのときだろうか。僕はアフリカかどこかの原住民の作ったアミュレットが欲しいと思っていた。そのアミュレットは、僕のためだけに作られたものであり、なんだかよくわからないがお守りになるという設定だ(笑)

 今にして思えば下らない妄想だが、おそらく当時の僕は「お金では変えないもの」が欲しかったのだと思う。当時はバブルの絶頂期。高校生の僕はその華やかさに惹かれつつも、何でも商売になってしまう社会からどう頑張っても抜け出せないことの空しさを感じることもあった。そうした想いの発露が「アミュレット」だったわけだ。

 ありとあらゆるものがカネに換算されてしまう社会。それは、ホリエモン的に言えば、金さえあればどのような人物でも何でも手に入る平等な社会だということになるわけで、そのことを僕も否定するつもりはない。固定化された身分や階級ごとに手に入れられるものが決まっているような社会よりはよっぽど良いと思う。

 けれども、他方において、そこにはある種の空しさがつきまとうのも事実だ。僕が所有するほとんどのものは大量生産によって作られたものであり、要するにいくらでも代わりは存在している。もしくは、カネさえあれば、もっと良いものを手に入れることができる。たとえば、長年愛用しているPCなんかそれに該当するだろう。

 もちろん、僕の手がかなり入っており、この世に二つとないものもある。たとえば、僕が大学院生のころから作り続けている研究ノートは、火事などで部屋が焼けそうになったときに真っ先に持って出るものだ。実際、留学するときも、この研究ノートだけは手荷物のカバンに入れていた。

 けれども、そんな酔狂は人は誰もいないが、たとえばこのノートを10億円で譲ってほしい(僕がコピーを保存することは不可)という人がいたとすれば、僕はあっさりと譲ってしまうだろう。

 また、たとえば僕の良心という面にしてもカネで買えないわけではないと思う。たとえば、100億円あげるから僕があまり好きでない現在の首相を賛美する文章を書き続けろと言われれば、それを断る自信はあまりない。1000万円ぐらいならもちろん断るし、1億でも断るだろう、たぶん…。

 さらに、臓器だって僕が生きるのに差し支えないようなパーツであれば、値段次第で売ってしまいそうな自分がいる(笑)

 要するに、僕がいくら大切にしているものであっても、カネさえあれば買える可能性が高いのだ。

 しかし、1000億積まれても、1兆円積まれても、最低限の生活を維持できる限り絶対に売らないと断言できるものが、僕には少なくとも1つある。それが、子どもだ。

 もちろん、生活苦から子どもを売った親など枚挙にいとまがない。だから、僕も自分が餓死スレスレのラインに陥ったときに子どもを手放さないかと言われて、はっきり否と言えるほど自分に自信があるわけではない。けれども、少なくともなんとか暮らしていけるのであれば、子どもをカネで売ることは絶対にないと断言できる。

 言うまでもなく、子どもは親の所有物ではないので、売ったり買ったりという表現は適切なものではない。けれども、カネの論理が支配する現代社会において、決してカネでは手放すことのないものが一つでもあるというのは、なんとなく嬉しくなる経験なのではないかと思う。
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  by seutaro | 2006-10-13 17:55 | 日常

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