<日常>子育ての喜び

 正直、子どもと長時間遊ぶのは結構疲れる。少なくとも、僕は。

 たとえば、子どもと一緒に積み木で遊んでいても、僕はついつい大規模建築物の作成にいそしんでしまい、「ここの柱のバランスが…」などとマニアックな喜びを見出してしまう。それに対し、2歳過ぎの我が愛娘にはそうした父親の情熱が理解できない。挙句の果てに、我が労作を一瞬にして破壊するのである。

 そこで、もっと単純化された遊び、たとえば「高い、高い」をしてみるわけであるが、これを連発すると僕はすぐに息が上がってしまう。しかし、愛娘は「もういっかい」などと際限なく要求してくるのである。

 そんなわけで、ついつい僕はNHKの子ども番組に逃避してしまう。「いないいないばあ」と「おかあさんといっしょ」を連日放送してくれるだけで、NHKの受信料を払う価値はある、と僕は思う。NHK教育は偉大だ。

 こういう非常に疲れる子どもの相手をずっとやってくれている相方には感心するほかない。僕には専業主夫は無理だと思う。

 けれども、もちろんそんな子育てに不熱心な父親にも感動させられる瞬間はある。近頃、娘は急速にボキャブラリーを増やしつつあり、以前は「バイバイ」だけだったのが、「じゃあね~」などと言ったり、僕が帰宅すると「おかえり」らしきことを言ってくれたりもする。こちらが言っていることを理解していると思われることも増えた。

 こうした日々の成長のプロセスは、やはり感動的というか、このうえない喜びである。僕は自分で自分のことを「成長した」という人があまり好きではないのだが、他人の「成長」はやはり見ていて嬉しいものである。

 (そもそも、「成長」なんてのは、他者による評価に基づくのであって、自己申告するようなことでもないんじゃないだろうか。それは、近頃流行りの「品格」でも同様であるが。)
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  by seutaro | 2007-01-17 17:35 | 日常

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