<日常>微妙なコメント

 ここしばらく、楽しくない毎日が続いている。

 というのも、学期末試験の採点に追われているからだ。現時点で960枚ほどが手元にあり、来週の月曜日に250枚ぐらいが追加される見込みなので、合計すると1200枚ちょっとになる。1日100枚ずつ採点したとして、12日間以上かかる計算だ。

 そもそも、なんでこんなことになってしまったのだろうか。確か去年は800枚ちょっとだったはずなのだが、授業時間を変更(1限→3限)したりしたおかげか、ずいぶんと増えてしまった。某非常勤先では、楽勝科目だとの噂が流れたのではないかと懸念している。(ちなみに、本務校では「たくさん落とす」という悪評高い存在なので、そんなことはないはず)

 採点というのは、本当に楽しくない作業だ。同じような文章、同じようなミス、親の敵のような乱雑な字が延々と続く。文字が頭に入ってこなくなる。けれども、たまにものすごく出来のいい答案があったりすると、一服の清涼剤になる。

 微妙なのは、「先生の授業、すごく楽しかったです」といった類のコメント。無論、嬉しくないわけがない。汚い字の答案に疲れ果てた僕の目に、「楽しかった」というコメントは暗闇の中の一筋の光のようだ。その後にちょっとした感想でもあれば、さらにポイントは高い。正直にいって、AかBかの判断で本当に迷うような出来の答案のばあい、そうしたコメントがプラスに働くことは否定できない。人間だもの。

 が、そうしたコメントが常にプラスに働くとは限らない。つまり、「楽しかったという割に、この答案の出来はいったい何なんだ」というような出来の答案のばあい、むしろそうしたコメントはマイナスに働く。教員にごまをすって、少しでも良い点をもらおうという魂胆が見え見えだからだ。

 もちろん、AかBかで迷うぐらいの答案でも、学生の側にそうした計算が働いていないわけではないだろう(もう、僕の性格はねじくれてしまっているのだ)。でもまあ、AかBかぐらいの出来であれば、「まあ、騙されてやるか」という気持ちになるのだ。

 それに、そこまで計算して書いているのであれば、そのスキルに応じてAをあげてもいいかな、とも思う。

 無論、これは僕のばあいなので、他の教員に同じ手が通じるとは限らないのだが…。
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  by seutaro | 2008-07-26 00:49 | 日常

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