カテゴリ:日常( 47 )

 

<日常>ふおお

 いよいよ後期の授業も始まり、昨日は1回目のゼミがあった。

 教室に入ると、ゼミ生から一言。

 「先生、この間、ディズニーランドに行きました?」
 
 ふおおおおおおお。

 そう、その通りである。僕はこの間、家族でディズニーランドに行ったのである。確かに夏休みの最後にディズニーランドに行っておこう的な大学生風の若者がたくさんいて、僕を知っている学生がいたらやだなぁ、などと冗談で言っていたのだが、まさか本当にいたとは。

 聞けば、なんでもそのゼミ生の知り合いがディズニーランドで家族と一緒にいる僕を目撃したのだという。

 それにしても、どういうシチュエーションで目撃されたのかが気になる。ホーンテッドマンションの前で行列の長さにぶつくさ文句をたれているところか、ジャングルクルーズで行列に割り込みをされて不機嫌になっているところか、チュロスを美味しそうにほおばっているところか、それともトゥモローランドのレストランのトレーを持ったまま園内を長距離移動するという暴挙に出たところか・・・。

 ううむ、気楽に遊園地にも行けやしない。
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  by seutaro | 2007-09-27 09:08 | 日常

<日常>守りに入る

 先日、PCの古いデータを整理していると、昔書いた雑文が出てきた。

 もう10年近く前に書いたものもあるが、不思議と内容は覚えている。自分で言うのも何なのだが、結構面白い。

 もちろん、内容的には下らないものばかりなのだが、最近、そういう下らない文章がとんと書けなくなった。その理由を考えてみるに、要するに僕自身が守りに入っているように思う。たとえば、昔は使えたようなおばかな言葉が、いまは恥ずかしくてちょっと使えないということが多々ある。

 けれども、昔できたことが今はできないというのはちょっと寂しいものがある。確かに、体力面では高校生のころの自分には遥かに及ばないものの、文章のレベルでそういう事態が生じるというのは何かこたえる。

 そういうわけで、もっと「攻める」文章を書いてみたいのだが、こういうことを書いてから攻めるというのはますますもって恥ずかしい…。

 というわけで、ある日突然、妙にハイテンションな文章が出てきたとしても、あまり気にしないで欲しいと思う今日このごろである。
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  by seutaro | 2007-09-24 00:28 | 日常

<日常>ファッション誌で「同僚」の姿を見る

 僕の本務校はそれなりに大きな大学なので、有名人もそれなりにいる。

 今日、近所の美容院で髪を切ってもらいながら、備え付けの男性向けファッション雑誌をぱらぱらとめくっていると、本務校の同僚がばば~んと載っていた。

 さすがに有名人だけあって、非常にファッショナブルな服装で撮影されているのだが、学生の評判も良いとのこと。そうか、こんな格好で講義をやっているのか…。

 そもそも、その先生とは学部もキャンパスも違うし、1回も会ったことがないのだが、なんというかカルチャーショックではあった。僕などはポロシャツにジーンズという極めてラフな(どうでもよい)格好で講義をしていたりするわけで、会ったことはないとはいえ「同僚」にこんなオシャレさんがいるとは…。

 といっても、別にオシャレさんを目指そうとか、そういうつもりはさらさらないんだけどね。
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  by seutaro | 2007-08-16 02:14 | 日常

<日常>採点疲れる…

 今年は非常勤を結構抱えているので、学期末試験の採点がかなりしんどい。非常勤と本務校のトータルで、850枚以上(+レポート)を採点しなくてはならない。しかも、ハリポタにはまっていたので、進行がかなり遅れている。

 というわけで、8月のこの段階に至ってもまだ採点をしているのである。740枚まで採点したので、ゴールは見えてきたが、正直、疲れた…。

 採点というのは決して、面白い作業ではない。自分で問題を決め、なおかつ解答のパターンも自分の独断によるわけだが、100枚も200枚も同じような文章を読まされ続けていると、ものすごくだるい。しかも、極端に字が汚い&小さい答案がけっこうあって、そういうのを読み続けていると目がちかちかしてくる。

 それにしても、今回はかなり偏差値の高い大学の答案もあるだが、正直、その出来栄えに驚かされる。もちろん、どうしようもない答案もかなりある。けれども、トップ層の情報処理能力はさすがと言わざるをえない。

 言うまでもなく、そういう情報処理能力と研究能力とはイコールではないし、Aをたくさん取れる学生が良い研究者になるとは限らない。実際、本務校での同僚の話を聞いていても、授業に真面目に出ていたという人はあまりおらず、むしろ興味のある講義にしか出ないという人が多かったように思う。なかには、学生時代の「武勇伝」を語ってくれる先生までいる。

 逆に言えば、Aをたくさん取れるほどバランスのよい人は、好みの偏った「社会的不適合者」の多い大学院などには行かず、実社会でバリバリと活躍できるのだろう。

 そういえば、採点をしていて、非常にバランスの悪い答案がある。1つのテーマにこだわりすぎているために全体としては点数が低かったり、ある種の明確なフレームワークに基づいて講義の内容を解釈しているために内容の理解に偏りがある答案がそれにあたる。

 採点をする側の立場としては、そういう答案にはなかなか高い評価を与えることができないのだが、ひょっとしたらこういう答案を書く学生のほうがむしろ研究のセンスはあるのかもしれないなどとも思うのであった。

 さあ、採点の続きをするか(泣) 
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  by seutaro | 2007-08-08 22:53 | 日常

<日常>ちと感動

 今日、僕が部屋にいると、娘が入ってきた。なぜか上半身裸である。
 「なんで、裸なの?」
 「服が濡れちゃったの」
 「そうか~」
 というやりとりをする。そして、ちと感動する。というのも、理由を尋ねて、その答えがきちんと返ってきたからだ。子どもを育てていると、そんな当たり前のコミュニケーションが感動的に思えることがある。
 しかしまあ、お風呂に入れるために娘の服を脱がそうとすると、「えっち~」と言うのには困ったものである。なんかドギマギしてしまう。
 いったい、どこで覚えたんだ、それは。
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  by seutaro | 2007-06-16 03:01 | 日常

<日常>目撃者は2歳児

 今日、風呂からあがると、娘が台所の隅っこのほうを指差しながら言った。

 「虫がいるよ」

 「え?」

 僕がいる位置からはその場所は見えなかったのだが、ちょうどゴミ箱が置いてあるあたり。急いで体を拭いて、台所のほうに向かうがもう何もいなかった。

 「虫いたの?」

 「うん。てくてくって歩いてたよ。」

 通常であれば愛娘のボキャブラリーの発達に感涙するところであるが、しかし事態はそれどころではない。

 「大きかった?」

 「うん、大きかった。」

 「何色だった?」

 「水色。」

 んなわきゃないだろうと思いつつ、とりあえずまだ例の黒い奴に対する恐怖心がまだそれほど発達していなさそうな娘に頼んでみる。

 「そうか~、じゃあ、虫がどこにいったのか探そうか」

 こういう時に(だけ)は素直な娘は、「いないよ」などと呟きながら、家のなかをうろうろする。やがて一言。

 「虫いないよ。パパの部屋に行ったのかな。」

 ・・・そういう不吉なことを言うのは止めなさい。
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  by seutaro | 2007-05-27 01:26 | 日常

<日常>はしか襲来

 首都圏の大学で「はしか」が流行しているため、一斉休講を行う大学が増えている。

 かく言う僕の勤務校も明日から一斉休講ということになった。学生はキャンパスに立ち入り禁止である。

 が、明日は僕は非常勤で別の大学に行くので、とりあえずは関係ないのだった。来週の授業はないわけだが。

 それにしても問題は、夏休みが減るのかということである。のんびりしているように見える大学もスケジュールはそれなりにタイトに組んであるので、そう簡単には夏休み削減というわけにもいかない。かといって文科省の方針いかんでは、是が非でも授業日数を確保しなくてはいけない・・・ということで、大学の首脳部は結構頭を抱えているはずだ。

 僕としては、調査で海外に行こうと思っているので、夏休みを減らされては困るというのが正直なところだ。そもそも、非常勤に行っている大学のなかには、異常に夏休みが短いところがあり、僕の夏休みは最初からかなり短いのである(涙)。

 そういうわけで、なんというか、「10日ほど学校が休みだった」という事実を休み明けにみんなで忘れてしまうというのが僕的にはベストだし、教員・学生の97%ぐらいもそれでハッピーなんだと思うのだが、いかがなものだろうか。
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  by seutaro | 2007-05-24 23:07 | 日常

<日常>母校で教える

 今年から僕が卒業した大学で非常勤講師をやっている。

 僕がかつて2年間を過ごしたキャンパスや近辺の商店街は、歩いているだけでものすごく感慨深い。かつての記憶が蘇るとともに、寂しさも感じられる。僕が友人たちとよく行っていた喫茶店はなくなってしまい、たまに朝食を買っていたパン屋は携帯ショップになってしまった。

 僕に青春と呼べるものがあったとすれば、間違いなくそれはこのキャンパスと、そこから電車で一駅行ったところにあった僕の下宿がその舞台だった。

 けれども、僕も気づけば30半ばで、家族持ちになっていて、おまけに住宅ローンまで背負っていたりする。思えば遠くに来たもので、ここに至るまでの面倒臭いプロセスを思えばもう二度とやり直したくなどない。

 が、それでも、「二度と、あのころには戻ることができない」という思いは、僕を切なくさせる。人生の選択を誤ったとは微塵も思っていないが、それでも選択する以前の気楽さはそれだけで魅力的なんだろう。
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  by seutaro | 2007-05-19 02:20 | 日常

<日常>本当に大切なことは語ってはならない

 今日も3コマ。やっぱりしんどいわけだが、とりあわけ4限の授業が結構大変である。今日の講義テーマは「恋愛と情報メディア」ということで、社会学・コミュニケーション論的な観点から「恋愛」について語ってみた。

 んで、そのなかで持ち出したのがこのエントリのタイトル「本当に大切なことは語ってはならない」ということだ。人間にとっての最も細やかで精細な感情は、言葉にしてはならない。なぜなら、その言葉にするという過程そのものが、その感情を歪めてしまうからだ。

 ただ、授業ではうまく学生に伝わらなかったのではないか、と心配ではある。

 「言葉」には限界がある。我々の心のなかの最もプライベートな感情を言葉で伝えることは至難の技だ。たとえば、ほかの誰かを大切に想う感情しても、それを言葉にしようとすると殆どの人は「好き」だの「愛してる」だとのいった陳腐な表現を使わざるをえない。

 そして、その陳腐な言葉を発した瞬間、その自分の感情自体が妙に安っぽく感じられてしまう。言葉によって切なる想い自体が歪められてしまうのだ。だからこそ、我々にとって本当に大切な、細やかな感情は語ってはならない。それは誰にも話さず、心のなかにそっとしまっておくべきものだ。

 ただ、数年前にこういう話を知人の女性にしたところ、「でも、言ってもらわなきゃわかんない」と言われたのだが…。
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  by seutaro | 2007-05-17 02:30 | 日常

<日常>遠方より朋来る

 もう昨日のことになってしまったが、遠方より友人が遊びに来た。まあ、遠方というほど遠方でもないのだが、こちらが引っ越して勝手に遠ざかってしまったので、とにかく遠くなった。こんな郊外の、しかも何もないところまでわざわざ幼子を連れてきてくれるのは有難いことである。

 それはともかくとして、子どもの成長というのは本当に早い。以前、Rくん(赤ちゃん)に会ったときには、本当に生まれたてという感じがしていたのだが、今回はもうつかまり立ちをしているし、体もしっかりしてきた。色白で肌のきめが細かいのは、お父さん似なのかもしれない。ちなみに、うちの娘(そなたん)はおそらく僕に似て焼けやすい体質なので、あと何年もすれば別人種になるだろう。

 そなたんはといえば、毎日顔を見ているせいで、なかなか成長を実感できない。けれども、他の子どもを見ると知らないうちにずいぶんと成長したものだと感じる。遊びに来てくれたRくんを抱っこした感じと、そなたんを抱っこした感じとが全然違う。Rくんはまだまだふわふわした感じなのに対して、そなたんは骨と骨とががしっとぶつかる感じである。

 思えば、そなたんもちょっと前まではあんな風にふわふわしていた。普段接しているからこそ、子どもの成長が見えにくくなることもある。

 そういえばちょっと前まで、「ほら、おむつ変えるよ」と言っても「あとで~」なんて言わなかった。というか、誰に習ったんだ、それは。
 
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  by seutaro | 2007-05-04 02:32 | 日常

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