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<日常>ふおお

 いよいよ後期の授業も始まり、昨日は1回目のゼミがあった。

 教室に入ると、ゼミ生から一言。

 「先生、この間、ディズニーランドに行きました?」
 
 ふおおおおおおお。

 そう、その通りである。僕はこの間、家族でディズニーランドに行ったのである。確かに夏休みの最後にディズニーランドに行っておこう的な大学生風の若者がたくさんいて、僕を知っている学生がいたらやだなぁ、などと冗談で言っていたのだが、まさか本当にいたとは。

 聞けば、なんでもそのゼミ生の知り合いがディズニーランドで家族と一緒にいる僕を目撃したのだという。

 それにしても、どういうシチュエーションで目撃されたのかが気になる。ホーンテッドマンションの前で行列の長さにぶつくさ文句をたれているところか、ジャングルクルーズで行列に割り込みをされて不機嫌になっているところか、チュロスを美味しそうにほおばっているところか、それともトゥモローランドのレストランのトレーを持ったまま園内を長距離移動するという暴挙に出たところか・・・。

 ううむ、気楽に遊園地にも行けやしない。
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  by seutaro | 2007-09-27 09:08 | 日常

<日常>守りに入る

 先日、PCの古いデータを整理していると、昔書いた雑文が出てきた。

 もう10年近く前に書いたものもあるが、不思議と内容は覚えている。自分で言うのも何なのだが、結構面白い。

 もちろん、内容的には下らないものばかりなのだが、最近、そういう下らない文章がとんと書けなくなった。その理由を考えてみるに、要するに僕自身が守りに入っているように思う。たとえば、昔は使えたようなおばかな言葉が、いまは恥ずかしくてちょっと使えないということが多々ある。

 けれども、昔できたことが今はできないというのはちょっと寂しいものがある。確かに、体力面では高校生のころの自分には遥かに及ばないものの、文章のレベルでそういう事態が生じるというのは何かこたえる。

 そういうわけで、もっと「攻める」文章を書いてみたいのだが、こういうことを書いてから攻めるというのはますますもって恥ずかしい…。

 というわけで、ある日突然、妙にハイテンションな文章が出てきたとしても、あまり気にしないで欲しいと思う今日このごろである。
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  by seutaro | 2007-09-24 00:28 | 日常

<政治・社会>KYとネット

 最近、KYという言葉をときどき耳にするようになった。なんでも、「空気読めない」という意味なのだそうな。

 僕はこういう発想があまり好きではない。もちろん、実際のコミュニケーションにおいて、KYな人というのは結構困る。凍ってしまった場の雰囲気を取り戻すのは、結構たいへんだ。(もっとも、僕自身、空気が読めているのかどうかは自信がない。そういえば、高校生のころにはよく「空気読めや」と言われていた…)

 だが、そういうことが公の場で堂々と言われるようになると、これは大きな問題だ。山本七平『<空気>の研究』を持ち出すまでもなく、空気に支配された世論というのは、非常に怖い。非合理的な空気に支配された社会では、まともな議論が成り立たない。少数派は糾弾の対象となることを恐れ、口をつぐむ。社会心理学的に言えば「沈黙の螺旋」が生じる。

 その結果、いくら沖縄への戦艦大和の出撃が無謀だと最初からわかっていても、あるいは、戦闘機による特攻が戦術的には効果が薄いことがすでに判明していても、大和の出撃を当然視し、特攻精神を賛美する「空気」のもとでは、それに異論をさしはさむことは許されない、ということになる。

 もっとも、こんなことは心ある人ならちゃんとわかっていて、「空気」の怖さについてはいろいろなところで語られている。けれども、ジャーナリストの江川紹子さんの文章で、この「KY」という表現を見つけたときは、正直、がっかりした。(ここ)僕は、江川さん自身が「空気」なるものとの対決を意識しているジャーナリストだと考えていたからだ。

 とはいえ、この光市の例の事件に関する江川さんの文章は、世間の「空気」からすれば、なかなかのKYっぷりで好ましく感じられる。ただ、弁護団と死刑廃止運動との関わりについては、ここで明確な反論が出ており、江川さんよりも説得的であるように思う。

 それにしても、この光市の話。この件で炎上しているいくつかのブログを見ると、正直なところ、やっぱり怖くなる。ネットの世界では、こういうコメントラッシュが「空気」を作り出すうえで重要な役割を果たしているのだろう。

 けれども、ネットにもそういう悪い面ばかりがあるのではない。「沈黙の螺旋」理論では、支配的な世論の圧力にもかかわらず持論を曲げない人をハードコア層と呼ぶのだが、ネットのおかげでそういうハードコア層が声を発しやすくなったし、そういうハードコア層の声を聞く手段も飛躍的に増えた。たとえば、「弁護士のため息」にコメントを寄せている光市の弁護団の一人、今枝弁護士の話などを読むと(ここ)、橋下弁護士やテレビ報道がいかに一面的であるのかがよくわかる。

 ただ、それが世間一般の「空気」とどれだけリンクしうるのかは定かではない。ハードコア層が少数のハードコア予備軍を啓蒙するだけの話なのかもしれない(批判的な人なら「洗脳」と呼ぶだろう)。その場合、ハードコア層は、カルト的な少数派として、世間から蔑みの目で見られるだけだろう。
 
 ネットが「空気」の支配に抗する場となるのか、それとも、「空気」の支配を強める推進力となりうるのか。この光市の事件はその試金石の一つになるかもしれない。

<追記>
この件に関して、マス・メディアの報道には本当に問題が多いように思う。たとえばこのエントリなどを見ると、マス・メディアによるイメージ操作の問題をあらためて感じる。
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  by seutaro | 2007-09-19 16:36 | 政治・社会

<政治・社会>安倍首相辞任

 先日まで指導しているゼミの合宿に行っていた。

 夜のコンパの最中、唐突に学生が「そういえば、安倍首相、辞めましたね」と言ってきた。わけのわからない僕は思わず、「へっ?」と言い返してしまった。その日はテレビも見ないで本を読んでいたので、午後から始まった辞任騒動を全く知らなかったのだ。

 「え、知らなかったんですか?」と妙に嬉しそうな学生。そりゃそういうことだって、たまにはありますですよ。

 それはともかく、僕は安倍首相が好きではなかった。彼が首相に就任してからしばらくは、何となく憂鬱な日々を過ごしていた。彼が言う「美しい国」なんて全然好きじゃなかったし、その背後に見え隠れするイデオロギーや歴史認識も大嫌いだった。(経済政策はそれほど悪くはないと思っていたが…)

 とはいえ、こういう形での辞任というのが嬉しいかと聞かれると、素直に喜べないのも確かだ。おそらく今回の辞任で彼が首相として再登板する芽は完全に絶たれたし、それはそれで喜ばしく思ってしまう自分もいる。が、とりわけ彼の閣僚の「不祥事」に関して、彼の任命責任だとか、そういうのを指摘する論などを見ると、全くもって同意できない。

 今回の彼の内閣における「政治とカネ」の問題など、かつてであれば全く問題にならなかったようなことのはずだ。おそらく、「政治とカネ」について、クリアすべきハードルが異常に上がりすぎてしまったがゆえに、ちょっとでも隙があれば簡単にマスコミのターゲットになってしまうのだろう。

 もちろん、「政治とカネ」についてクリーンであったほうが望ましいとも思うが、政治手腕よりもそういう「クリーンさ」ばかりが重視されてしまうと、政治家は小粒になる一方な気がする。あるいは、親からしっかりとした地盤を受け継いでいるために無理をする必要の少ない世襲議員か、知名度だけはあるタレント議員ばかりが残ることになるのではないか。

 たとえば、賛否はあれど、田中角栄がスケールの大きい政治家であったことを否定する人は少ないだろう。田中角栄が手がけた議員立法は33件にのぼり、土建国家の根幹を築き上げたのは彼の手腕によるところが非常に大きい。パフォーマンスだけの小泉前首相とは異なり、田中角栄は実際に「動く」政治家だった。

 しかし、もし仮に田中角栄が現在の若手代議士だったとして、彼が首相の座に上り詰めることはおそらく不可能だろう。ひょっとしたら議員に留まることすら難しいかもしれない。現在の「政治とカネ」についてのハードルを田中角栄がクリアすることはまず無理だ。

 無論、角栄流の公共事業依存型国家が現在の日本の足かせになっていると考える人も多いだろうが、ではそれに代わる新たなシステムを作り出せるような政治家が現在どれだけいるというのか。「清濁併せ呑む度量」なんて発想はすっかり影を潜めてしまった。

 話を戻せば、安倍内閣の「不祥事」は、カネの問題であれ失言の問題であれ、あまりにも揚げ足取りが過ぎたように思う。「ナントカ還元水」とか、そんな話はもうどうでもいい。

 次の首相が誰になるのかは知らないが、そういう些細な揚げ足取りに終始するのではなく、野党もマスコミも、もちっと大きなスケールでの批判を展開してほしいと思う。
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  by seutaro | 2007-09-15 08:00 | 政治・社会

<政治・社会>イギリスの物価が異常に高いことについて

 とにかく高い。もう半端なく高い。何がって、イギリスの物価である。

 いま、イギリスにやってきて10日ほど経つのだが、もう貯金がものすごい勢いで減っている。贅沢はしていない、と思う。宿は安めで(よって、汚いか狭い)、食費も抑えている。まあ、資料のコピー代はかさんでいるが、それは仕方がない。

 数年前からイギリスにはちょくちょくやってきているが、今回ほど物価の高さを痛感させられることはなかった。まあ、ここ3、4年は委託調査の業務で来ていたので、全部経費で落としていたというのもあるのだが・・・・。

 それはともかく、なぜ物価がこんなに高く感じられるのか。一つは言うまでもなく円が安いからである。数年前に僕が留学していたときには1ポンド200円を切っていたと思うが、いまでは1ポンド240円もする。だが、理由はそれだけではない。

 もう一つの大きな理由として、日本はなかなかデフレから脱することができないのに対し、かの国ではずっとインフレだったということがあると思う。たとえば、僕の在学していた大学に行くバスの運賃も1ポンドだったのが、現在では1.5ポンドである。聞けば、今年の1-3月のイギリスの消費者物価指数の上昇率は2.9%だという。

 とはいえ、イギリス人の賃金も物価上昇率を越えて上がっているので(年間3~5%ぐらいの上昇率らしい)、インフレに対してそれほどの不満はないのだそうな。

 が、そんなイギリスにデフレの国からやってきた僕。あらゆるものの物価が日本のほぼ2倍ぐらいするように感じられるわけで、はっきり意ってあんまり楽しくない。何かするたびに財布へのダメージばかり気にしてしまう。

 しかし、こんなところでデフレの罪を実感することになるとは…。
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  by seutaro | 2007-09-07 08:49 | 政治・社会

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