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<日常>ゲーマー誕生

 今日、仕事から帰ってきたら、娘がレースゲームをやっていた。

 娘はまだ4歳になったばかり。先日まで、うまく操作できずに他の車に抜かれまくっていた。

 ところが、である。今日見たら、親からの助言もなく、1位を奪取しているではないか。見ていると、コース取りに未熟なところはあれ、器用に他の車をかわしている。

 そんな娘を見ながら、嬉しいような、心配なような。まだ、4歳なのに…

 とにもかくにも、新たなゲーマーの誕生である。
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  by seutaro | 2009-02-16 23:34 | 日常

<学問>学問の「場」

 もう10年以上も前の話。

 朝、大学院棟のエレベーターを降りる。ちょうど、近代日本政治史を専攻している知人が通りかかる。笑顔で「おはよう」と挨拶を交わす。

 自分の机がある部屋のドアを開ける。するとそこには、政治哲学を専攻している別の知人がいて、「おはよう~」と声をかけてくれる。

 僕は自分の席(といっても、2人に1つの机しか割り当てられていないのだが)に着くと、鞄から読みかけの英語の論文やサブノートを引っ張りだす。

 その時、「ああ、ここが僕の居場所なんだな」と思った。先なんて全然見えない修士課程のころのことだ。英語論文の読解に四苦八苦しながら、指導教授の厳しい指導を受ける日々。それでも、僕のまえには学問の世界が無限に広がっていて、ともにそこに向かって進む仲間がいた。

 勉強もよくしたが、議論もよくやった。歴史認識について、学問のあり方について、日本の進むべき道について。談話室で飽きることなく何時間も話した。もちろん、日常の悩みや、馬鹿な話も限りなくした。そこには、確かに「学び」があった。

 それから月日は流れて、いま僕は教壇で教える立場になった。最近の大学では、学生の学力向上が盛んにうたわれ、やれFDだのGPだのの導入が進められている。文科省は「学士力」の統一的な基準を決めるだの何だのと息巻いているようだ。

 だが、「学び」とは、基本的にそういうものではない。単位や成績などは殆ど関係ないとすら言ってもいい。ある種の「場」のなかで、何かに背中を押されながら、とにかく自分の知りたいこと、わからないことを追求するところにしか「学び」は存在しないのではないか。

 もし、日本の少なからぬ大学に問題があるとすれば、そういう「場」が残念なことにあまりにも少ないということではないだろうか。
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  by seutaro | 2009-02-08 01:07 | 学問

<日常>多摩テック

 多摩にある遊園地、多摩テックが今年の9月末で廃業するらしい。

 僕はうちの娘をつれて2回ほど行ったことがあるのだが、たしかに日曜日にもかかわらず乗り物にはほとんど待たずに乗れたし、閉園時間が近づくと園内はガラガラだった。平日に行くと寂しすぎるので、休日に行ったほうがよいというアドバイスをもらったことがあるぐらいだ。

 けれども、なんだかんだ言って、それなりに楽しいところだったので、正直、残念だ。うちの娘にはまだ言ってないけれども、彼女もきっと悲しむことだろう。

 もっとも、彼女が大人になったときには、多摩テックに行った思い出なんて記憶の片隅にすら残ってないだろう。

 だが、そのとき僕は、聞き分けがなくて、めちゃくちゃに手がかかるけれども、この上なくいとおしかった娘と過ごした場所が、もうどこにもないことを少し寂しく思うんじゃないだろうか。

 廃業前にはもう1回ぐらい行っておこうかな。多摩テック。
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  by seutaro | 2009-02-07 23:52 | 日常

<政治・社会>老人の、老人による、老人のための国

ご無沙汰だったが、最近、気になった記事を二つ。
消費税増税は高齢者は負担しない。なぜなら年金支給額は物価スライド制で消費税増額分だけ支給額が上乗せされ、勤労世代だけが負担する。
http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20090201#p5

ヨーロッパの福祉国家は、まだ理性を失っていない。少なくとも、イギリスとオランダは分かっている。働いている人々から税金と年金保険料を取り立てれば、老後が安心になるわけではないことを。子供が生まれて、教育を受け、その子がきちんとした仕事を持って初めて、安心して老後を迎えられる。もちろん、子供の親が仕事を持っていることが前提だ。だから、まず子供が生まれるように支援し、次に雇用があるように支援し、最後に来るのが高齢者のための年金なのだ。
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/harada.cfm?i=20081203c3000c3&p=2

もちろん、こういうのは集合的な意思決定の結果なのだからして、個々の高齢者を責めても仕方がない。けれども、とりわけ後者の引用部分については、子どもを2人ほど抱える身として大いに賛同したい。
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  by seutaro | 2009-02-01 23:34 | 政治・社会

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