<ネタ>これはいい

 ネットの一部で話題のこのスレッド。

「うちの母ちゃん凄いぞ」
http://mudainodqnment.blog35.fc2.com/blog-entry-804.html

 実はPart5まであって、読むのにかなりの時間がかかる。それでも、一気に最後まで読んでしまった。面白いので、結構お勧め。
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  # by seutaro | 2009-04-26 01:26 | ネタ

<政治・社会>久々に呆れた

 久々に呆れた。というか、めまいがする。

 ネットで話題沸騰の七生養護学校の性教育の裁判。とりあえずは原告勝訴となったわけだが、『読売』と『産経』は愚にもつかない社説を書き、「過激な性教育」とやらを批判している。で、その性教育の実態はといえば、以下のエントリが詳しい。

http://neta.ywcafe.net/000964.html

http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20090317/p1

 そんでもって、負けた側の都議は、開き直ったかようにこんな記述をブログにしている。
過激性教育に関して、古賀、田代、土屋、市議などが学校を視察したことや、教育庁が処分したことを不服として、共産党系が訴えていた裁判の判決が出た。
ある意味、面白いと言えば面白い。三都議と教育庁合わせて10万円を養護教諭二人に払えと言うものだ。つまり、ひとり、25000円。交通違反で20キロ超過で払う金額に近い程度のもの。
これは、考えようだが、たったの25000円で過激性教育が東京から、全国から駆逐されたことを考えるとコストとしは安い。
(出典)http://www2u.biglobe.ne.jp/~t-tutiya/enter.html

 ただ、残念なことに、この手の人物にいくら教育現場の実情を訴えたところで、効果は薄いだろう。なぜなら、確信犯でやっているからだ。つまり、この人物にとって、障害者がどうやったら性の問題を理解できるかということはまったくもって問題ではなく、自分の信奉する純潔教育とやらのイデオロギーの流布にこの問題を利用できればそれでよいのだ。

 山本譲司さんの『累犯障害者』を読めばわかるが、障害者の性の問題はきわめて重要だ。被害者にならないためにも、加害者にならないためにも。ところが、そのための創意工夫は、下らないイデオロギーのために否定され、学びの機会は大きく損なわれてしまった。

 無論、教育現場にさまざまな課題や問題があることは否定しない。けれども、イデオロギーのプロレスをしたいのなら、どっか別の場所でやってほしい。ホント、頼むよ。
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  # by seutaro | 2009-03-18 02:04 | 政治・社会

<日常>ゲーマー誕生

 今日、仕事から帰ってきたら、娘がレースゲームをやっていた。

 娘はまだ4歳になったばかり。先日まで、うまく操作できずに他の車に抜かれまくっていた。

 ところが、である。今日見たら、親からの助言もなく、1位を奪取しているではないか。見ていると、コース取りに未熟なところはあれ、器用に他の車をかわしている。

 そんな娘を見ながら、嬉しいような、心配なような。まだ、4歳なのに…

 とにもかくにも、新たなゲーマーの誕生である。
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  # by seutaro | 2009-02-16 23:34 | 日常

<学問>学問の「場」

 もう10年以上も前の話。

 朝、大学院棟のエレベーターを降りる。ちょうど、近代日本政治史を専攻している知人が通りかかる。笑顔で「おはよう」と挨拶を交わす。

 自分の机がある部屋のドアを開ける。するとそこには、政治哲学を専攻している別の知人がいて、「おはよう~」と声をかけてくれる。

 僕は自分の席(といっても、2人に1つの机しか割り当てられていないのだが)に着くと、鞄から読みかけの英語の論文やサブノートを引っ張りだす。

 その時、「ああ、ここが僕の居場所なんだな」と思った。先なんて全然見えない修士課程のころのことだ。英語論文の読解に四苦八苦しながら、指導教授の厳しい指導を受ける日々。それでも、僕のまえには学問の世界が無限に広がっていて、ともにそこに向かって進む仲間がいた。

 勉強もよくしたが、議論もよくやった。歴史認識について、学問のあり方について、日本の進むべき道について。談話室で飽きることなく何時間も話した。もちろん、日常の悩みや、馬鹿な話も限りなくした。そこには、確かに「学び」があった。

 それから月日は流れて、いま僕は教壇で教える立場になった。最近の大学では、学生の学力向上が盛んにうたわれ、やれFDだのGPだのの導入が進められている。文科省は「学士力」の統一的な基準を決めるだの何だのと息巻いているようだ。

 だが、「学び」とは、基本的にそういうものではない。単位や成績などは殆ど関係ないとすら言ってもいい。ある種の「場」のなかで、何かに背中を押されながら、とにかく自分の知りたいこと、わからないことを追求するところにしか「学び」は存在しないのではないか。

 もし、日本の少なからぬ大学に問題があるとすれば、そういう「場」が残念なことにあまりにも少ないということではないだろうか。
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  # by seutaro | 2009-02-08 01:07 | 学問

<日常>多摩テック

 多摩にある遊園地、多摩テックが今年の9月末で廃業するらしい。

 僕はうちの娘をつれて2回ほど行ったことがあるのだが、たしかに日曜日にもかかわらず乗り物にはほとんど待たずに乗れたし、閉園時間が近づくと園内はガラガラだった。平日に行くと寂しすぎるので、休日に行ったほうがよいというアドバイスをもらったことがあるぐらいだ。

 けれども、なんだかんだ言って、それなりに楽しいところだったので、正直、残念だ。うちの娘にはまだ言ってないけれども、彼女もきっと悲しむことだろう。

 もっとも、彼女が大人になったときには、多摩テックに行った思い出なんて記憶の片隅にすら残ってないだろう。

 だが、そのとき僕は、聞き分けがなくて、めちゃくちゃに手がかかるけれども、この上なくいとおしかった娘と過ごした場所が、もうどこにもないことを少し寂しく思うんじゃないだろうか。

 廃業前にはもう1回ぐらい行っておこうかな。多摩テック。
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  # by seutaro | 2009-02-07 23:52 | 日常

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