<メディア>「既得権益」としての放送局

 前回のエントリで予告したように、今回のテーマは「放送局の泣き所」である。
 放送局は自前の放送をインターネット上で流すことに対して後ろ向きであることが多い。その大きな要因の一つは、ネット上での配信に伴う著作権処理の難しさだ。要するに、番組を1つ作ると、さまざまな著作権者が生まれるわけだが、ネット上で配信する場合にはそれらの著作権を一括処理できないのだ(放送で流す場合には可能)。著作権データベースの整備も行われるようだが、まだまだ解決には時間がかかりそうな雰囲気である。
 しかし、著作権処理のほかに、放送局がインターネットでの配信を嫌がる理由があると言われる。その理由の1つは「水平分離」に対する放送局の警戒感である。現在のところ、放送局は番組の制作からその配信までの流れを管理している。ところが、「水平分離」とは、番組を作る事業者とそれを配信する事業者を分離することを意味する。
 この「水平分離」が行われている状態において、もし番組を制作する事業者とその配信を行う事業者との関係が悪化したならば、後者の事業者は自らのネットワークから前者により制作された番組を排除する可能性がある。そうした事態は実際にアメリカで発生しているのであり、そうなると番組制作を行う事業者は自らの番組を流通させるためのルートを失ってしまうことになる。そのため、放送局は業界の「水平分離」に対して強い警戒感を持っているのである。
 以上を踏まえて通信事業者と組んでインターネット上で番組を配信する場合を考えると、放送事業者は番組の伝送の部分については通信事業者に委ねざるをえない。そうなると、事実上の「水平分離」ということになってしまうのだ。従って、放送事業者は出来るだけ川下まで自分たち自身の手でやろうとするし、日テレやTBSによる自社のネット上での番組配信も放送事業者自らが番組の流通をコントロールをしようとしていることの表れであるように思われる。

・・・ってところまで書いて、眠くてしょうがないので、続きはまた今度zzzzzzzzzzz
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  by seutaro | 2006-02-15 01:19 | メディア

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